新しく設立する会社の定款を作成するにはいくつかの方法があります。
主要な項目だけ決めておいてゼロから作成する事もあれば、すでに存在する会社の定款を元に改良を加えて作成する事も。

たまにあるのが、既存の古い会社の定款をモデルとして同じような形にして欲しいという要望です。お客様が自身で作成した定款を持ち込んでこられる時などにあります。

Day 61 / 365 - Writing Scathing Notes
Day 61 / 365 - Writing Scathing Notes / xJason.Rogersx

やってみるとわかりますが、定款はゼロの状態から作成する方が断然楽です。

既存会社の定款の場合それが最近できたものであればさほど問題はありませんが、古い物であればかなり前の法律に則った書き方で作成されています。

法律のみならず、言い回しや記述内容なども時代によって変化しているので、昔は記載していたのに今では使われなくなっている文言などもあったりします。

難しいのはそれらの記述全部が間違っているわけではないという点。
この場合には、一番最初から定款を読み込んで今の会社法や習慣と違う部分だけを見つけ出して修正しなければなりません。

これが全く0から作成するのであれば、最初から現在の会社法に則った形で作ればいいだけなのでとても楽です。

ただ、かなり昔に作成された古い定款も、今ではほとんど使われていない言葉が記載されていたりとなかなか面白くかったりします。

以前にあった話。

とあるお客様が持ち込まれた定款に、以下のような記述がありました。

第14条 

当会社の株主及び登録された質権者又はその法定代理人若しくは代表者は、当会社所定の書式により、その氏名、住所及び印鑑を当会社に届け出なければならない。ただし、署名のある外国人は、署名鑑をもって印鑑に代えることができる。

前半部分はいわゆる「株主の住所等の届出」といわれるもので、よくある条文です。

見慣れなかったのは但し書き以降の後半、「ただし、署名のある外国人は、署名鑑をもって印鑑に代えることができる。」という箇所。

ここに記載されている署名鑑という文言に、不勉強ながら見覚えがありませんでした。ちょっとこの言葉で検索してみても今ひとつふわっとした説明ばかりで要領を得ません。

具体的にどういう使われ方をしているのか、そもそも物体としてどういったものなのか。また行為の名前なのか行動の名称なのか、それとも制度の名前なのかも不明です。

さほど重要な条文でもなかったのでこのときの案件としては問題なかったのですが、少し気になっていた(というか興味が湧いていた)ところ、ひょんなことから具体的な使用例を発見しました。

それはこの本を読んでいた時。

P1010513

以下引用 P.78~P79

昭和四十年ごろ、ある信用金庫で、旅行者用小切手にサイン制を実施した。
預金者は、小切手帳を持って歩けば、全国、どこの窓口でも、サインだけで現金を受け取ることができるという方法である。
本人は、別に登録済みの名刺判の「署名鑑」を持っている。
窓口で小切手にサインをし、その「署名鑑」を示すと、銀行員は筆跡が同じかどうか確かめて、払い戻しをすることになる。

この制度の実施に当たって、「署名筆跡の対照要領」というテーマで、説明を依頼されたことがある。各地方から銀行の人達が集まって、熱心な質問を受けた。
この小切手には、いつも同じ形の署名をしないといけないことになる。
同じ形の署名を作成するためには、旅行小切手の署名欄も、「署名鑑」と同様の形式にして、空間の枠組、用紙の硬さ(弾力性)などの記載環境を同じ条件にしておくとよい。
「お名前は丁寧に書いて下さい」などと印刷しておくのも一方法である。
同じ筆記条件にすれば、同じ運筆運動がなされ、その書線には慣性が作用し、「なるほど・・・」と思われる自然な形の同じ署名が作成されるのである。

「署名の形が、あまり変わっていたら、別のペンでもう一度、署名を作成して貰いなさい。何度書いても「署名鑑」と違うときには、疑問をもって下さい」
あれこれ説明したあと、こう話を結んだ。

かなり簡略化すると、「印鑑に対する印鑑証明」と同じように「自筆署名に対する署名鑑」といった関係性のもののようです。

上述した定款の条文においては、本来なら会社に対して印鑑を届け出るところ、日本においての印鑑を持たない海外の人の場合には自筆サインの署名鑑を届けておくという意味になるのでしょう。

ただ本の中では「署名鑑」というのはカードのような物体を指しているのに対し、定款の条文では「サインをする」という行為を指しているようにも読み取れるので、このあたりは未だ不明です。

ちなみに現在では「署名判」という言葉は結構一般的な様子。

ネットで検索すると銀行や信用金庫などの案内ページがよくひっかかります。
ただそこの説明を読んでみると、どう考えても署名ではなくてほとんどの場合「記名判」です。つまり自筆ではない(記名)もの。

どうやら言葉の意味自体が時代や商習慣によって変わっている感じです。

あまり深く考えないでおきましょう。

なお前述した案件では、署名鑑のくだりの記述を残したまま公証役場でチェックしてもらったのですが、その際公証人より「これはもう今ではほとんど使われてないから削除しておいた方がいいよ。」と言われたので結局削除した状態で認証を受けました。

実際の運用としてはその方がいいのではないかと思います。