役所に提出する書類の記載事項の中で、非常に大事なものでありながらうっかりすると間違えがちなものに「字体の違う漢字」があります。

これは通常の文言ではあまり出てこないものですが、人の氏名や古い住所表記などによくみられます。

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kanji dictionaries / torisan3500

いわゆる「読み方や意味は同じだけれど漢字が違う」、異体字と呼ばれるものです。ちなみに異字体と勘違いして呼ばれている事もありますが「異体字」が正解のようです。

おそらく「旧字体」と「異体字」が混ざり合って「異字体」という間違った認識が生まれた様子。
具体的にどんなものかと言いますと「桜」と「櫻」みたいな関係の話です。

人名に使われる事の多い異体字ですが、これが結構大変です。
その代表的なものが印刷業界を悩ませる「サイトウ」問題。

サイトウという名字にはパッと思いつくだけでも

  • 斉藤

  • 斎藤

  • 齋藤

  • 齊藤

などのように複数のバリエーションがあります。

また同じくワタナベ問題。こちらも

  • 渡辺

  • 渡邊

  • 渡邊

  • などなど

こちらは全部で60種類以上あるそうです。

普段なんでもない場でちょっと名前を書くぐらいであれば、どう使い分けようが自由です。例えば本来「渡邉」という名字の人が、通常のサインでは略して「渡辺」と書いていてもそれが問題になるような場面はほとんどありません。

ただし役所に提出する書類となってくると少し様子は変わります。
場合によっては字体が違うだけで、つまり「渡邊」さんが書類に「渡辺」と書いて提出した結果、別人扱いされてしまうというような事も起こり得るのです。

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以前にあったとある案件。
依頼の内容は会社の設立に関するものです。

依頼者は新しく設立する株式会社の発起人であり、お名前に「西」という漢字が含まれていました。
ただそれは、印鑑証明書を拝見させていただくと一般的な「西」という漢字ではなく、2本線が真下まで貫く異体字の方の西という漢字。

つまりこの字です↓

nishi

役所によって異体字の扱われ方は違う

株式会社の設立は、発起人と役員の印鑑証明書が必要であり(役員はいらない場合もあります)、公証役場での定款認証→法務局での登記という手順をたどります。

印鑑証明書を発行するのは市役所もしくは区役所です。
したがって設立までに関係する役所は、市役所公証役場法務局の3カ所になります。

そして困った事に市役所と法務局では同じ事柄について、扱いや見解が全く異なる事があるのです。

法務局では正字で登記が基本

例えば今回の事例の場合。

法務局では一般的に使われている「西」の字を正字と呼びます。

nishi←それに対してこちらの漢字は俗字と呼ばれます。

法務局に問い合わせてみるとわかりますが、原則的に「登記は正字でするもの」とされています。これは法務局のデータが昔の手書きから電子化された際に、「登記は正字で」というルールが定められた事によります。

しかし原則には例外があります。
そしてこのケースの場合、例外がものすごく多いです。
何らかの登記簿謄本などを取得してみるとわかりますが、異体字(俗字)でもって名前を登記している事例はかなりの数あります。

また、「名前を俗字で表記」した書類を作成して登記申請した場合に、それで登記申請が却下されるという事はあまりありません。
いわゆる「はしごだか」「たつさき」などの漢字が含まれている名前などが、そのまま登記されている例は結構よく見かけるような気がします。

それ以外にも、特に何もいわず「俗字」のままの氏名で登記申請した場合に、そのまま登記簿事項証明書にも「俗字」で記載されている事はよくあります。

ただし繰り返しますが、原則として法務局の立場は「登記は正字で」です。だから印鑑証明書や住民票には「渡邉」なのに法務局で登記された名前は「渡辺」になっている、という事があっても不思議ではありません。
むしろそれはルールに従っています。

戸籍実務では異体字が一杯

「と」 Personal seal
「と」 Personal seal / onigiri-kun

上述したように法務局では「正字」が基本ですが、一方の市役所ではそのようなルールはなく、俗字が一杯です。

だから印鑑証明書や住民票・戸籍謄本などの市役所発行の証明書類は俗字で表記されている事例がたくさんあります。その為、その市役所発行の印鑑証明書を添付書類として法務局などに何かを申請する場合に「ん?」と迷うような事態が発生してしまうのです。

法務局のように、市役所での戸籍実務も電子化に伴いそのあたりの扱いを「正字」で統一すればいいような気もしますが、人の名字というのはかなりこだわりを持っている方も多く、またその他にも色々事情があったようで結局「俗字であったとしても記録」というのが現在でも続いています。

このように登記実務と戸籍実務で同じような内容のもの(今回は人の名前)を前にしながら扱いが違うのは、法務局が法務省に組織されているのに対し市役所が総務省に組織されている、といった縦割りの違いも影響しているのかな?とかも考えたりしています(個人の感想です)。

なお、同じような現象として市役所発行の印鑑証明書などには「松原市北新町4丁目」など○丁目の前がアラビア数字で表記されるのに対し、登記簿謄本では「松原市北新町四丁目」といったように漢数字で表記される、といったような事があります。

これにより、じゃあ例えば代表取締役(住所まで登記されます)の就任承諾書には、添付する印鑑証明書にならって「4丁目」と記載すればいいのか?それとも登記される「四丁目」で記載すればいいのか?などと、なんだかどうでもいいような事で細かく迷わなければならなくなったりします。

人名ならともかく、住所地を指定する数字表記で「4」と「四」にいったいどれほどの違いがあるのかという話。

ちなみにこのケース、正解は「どっちでもいい」です。
どちらで申請しようが提出した後に法務局の方で漢数字のものに置き換えて扱ってくれます。不安なら事前に電話ででも聞いておくのが一番。

公証役場では

法務局や市役所では正字・俗字の扱いはそんな感じですが、では公証役場では?

株式会社の設立に当たって定款の認証は必須です。

定款の内容として発起人の氏名住所、場合によっては取締役・監査役の名前が掲載されます。そして発起人の氏名住所については、印鑑証明と照合して内容が確認されます。

ではここで、登記に合わせようと定款に記載する発起人の氏名は「正字」で記載するとします。しかし添付する印鑑証明書には「俗字」で名前が記載されています。

この場合、問題はないのか?という話ですが、特にそのままで問題ありません。

しかしほぼ必ずそういった場合には、公証役場より「印鑑証明書と定款に記載されている漢字が違いますが・・・」といったように確認の電話がかかってきますので、説明できるようにはしておいた方がいいでしょう。

もしくは定款の事前チェックをお願いする時にあらかじめ伝えておくか。

なお、公証人に定款に記載される氏名は正字・俗字のどちらを使うべきなのか聞いてみたところ、「公証役場としては」どちらでもいいとの事でした。

「公証役場としては」というのは、つまりその後に手続きが必要な役所(例えば会社設立であるなら法務局)に合わせてくれて構わないぐらいの意味です。

結局正字と俗字のどちらを使えばいいのか

登記実務においては、通達が出ている事もあり「正字」で記載するのが本来のルール・・・のはずですが、俗字で申請・登記されているケースも多々見受けられます。
というのは上述したとおり。

どちらかと言えば法務局では正字を使用するべきとするのが今回の正解なのかもしれませんが、現状とてもそうとは言い切れません。

従って結局のところ「事情を説明した上で依頼者の意向にあわせる」というのが最も無難なものになるでしょうか。はなはだ不明瞭な答えですが。

Kanji character.
Kanji character. / MIKI Yoshihito (´・ω・)

ひとつ気をつけておくとすれば、「正字」でもって登記するのなら、登記申請書はもとより定款の記載や就任承諾書、また発起人決定書など全ての書類上での表記は統一しておいた方がよさそうという点です。

これは大阪の法務局に問い合わせた時に、実際そのように説明されています。

ところが同じ事を神戸の法務局に問い合わせた時は書類の記載は「俗字」であっても構わないという事だったので、法務局によって扱いも違うのでしょう。

疑問を感じれば、まず管轄の法務局に問い合わせてみるのがやはり最良のようです。

印刷に俗字が必要な場合

なお、この「西」の漢字に関わる案件についてですが、お客様の希望により印鑑証明書等は俗字でしたが書類作成・その後の登記に関しては正字で行う事としました。

その為、定款の表記などもそれに合わせ正字で作成しています。
登記申請書の作成や登記申請代理は行政書士業務ではありませんので、自分が直接何かをするということはなかったのですが、そこにおいても依頼者の希望を優先しております。

そんな訳で異体字を使用した書類作成をこの時はしなかったのですが、場合によっては必要な時もあります。

そういった際に少し困るのは、対応するフォントがなければWord上などにおいて、そもそも該当する異体字の漢字が表示されないという問題です。

表示されなければ印刷も当然できません。

nishi
↑この西ぐらいであれば専用のフォントをネット上で入手する事も可能です。

こういったところより

業務等で相当多用する可能性があるのなら人名用のフォントを入手してもいいでしょう。

ただ結構な値段しますので、そんなに使わないようであれば購入するまでもないと思います。

急遽一回だけどうにか凌ぐといった状況であれば、異体字の画像を作成し文中に貼り付けるという手段もありです。

なお、法務局などに「Wordでこの漢字が出ないんですけどどうしたらいいですか?」などと聞いてみると「書類は手書きで構わないですよ。」という返事がもらえます。

元々役所に提出する書類は全て手書きの時代もあった訳ですから、これが一番の解決方法なのかも。ただし電子申請するなら難ありですけれども。

少し気にしておくこと

登記事項については、上述したように正字でも俗字でもだいたいどうにかなります。しかし法人が設立してから先にまた問題が発生する事もあるので少し注意。

Fallen Sign
Fallen Sign / Paul Davidson

昔、体験したある事例。
過去に印鑑証明書記載の氏名に俗字の漢字が含まれている方が、とある法人の役員として登記されていました。

この人は普段から自分の名前を書くときは全て正字を使っていた事もあり、登記も正字で行っていました。

ところがこの法人が設立後、とある許認可を申請した際に、「役員の名前が市役所発行の身分証明書の表記と違う」という事で申請がすぐに通らなかったのです。

もちろん漢字の表記が違えども同一人物であるので、結局その事情を説明した上申書のようなものを別途添付し、最終的にはその申請は通りました。

しかしその間のやりとりが相当面倒だったらしく、次に新しい会社を立ち上げる時には迷うことなく印鑑証明書通りの俗字での登記を希望されていました。

行政書士の場合、会社の設立もありますがその後の法人としての許認可申請に携わる機会も多いと思います。

その為、こういった「正字で登記するのか俗字で登記するのか」といった問題は、単に法務局がどうだからという部分のみではなく、その後の許認可に関係する役所にも必ず確認をとった上で進めていく事が大事です。