今現在、【自炊代行】というキーワードでググってみるとアドワーズなどで自炊代行業者さんの広告が多く見られます。

一時期、自炊代行業の数自体は減ったように思っていましたが、最近はまた復活してきているように感じます。

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一応用語解説。

自炊とは

電子書籍に関する自炊(じすい)とは、自ら所有する書籍や雑誌を イメージスキャナ等を使ってデジタルデータに変換する行為(デジタイズ)を指す俗語[1]。デジタル化(スキャン)の効率化のために、書籍や雑誌を裁断機やホットプレート、アイロン等で分解する行為までを含む。

自炊 (電子書籍) - Wikipedia

自炊代行業者に対する訴訟

自炊代行業者がしばらく減ったように感じていたのはちょうどこの時期当たりから

2011年の12月に作家さんら7名がスキャン代行業者2社に対して代行業務の差し止めを求める訴訟を起こしたあたりからです。

なんで2社だけなのかといえば、
以下上記記事より引用

 今年9月、作家、漫画家ら122人と講談社など出版7社が代行業者約100社に対し、代行業者による自作の利用を許諾していないことを明記した上で、今後も作品のスキャン代行を行うかどうかを問う質問状を送付。多くの業者は対象となる作品のスキャン代行を行わない意志を表明したが、2社については「スキャンを継続しないという姿勢が確認できなかった」(弁護団の福井健策弁護士)ため、今後も著作権を侵害する恐れがあるとして提訴したとしている。

以上のような理由で明確に回答しなかった2社のみを提訴したという事です。
なお、質問状を送付した時は出版社も混じっているのに、訴訟を起こした段階で出版社がいなくなっているのは著作権者ではないからです。

自炊と代行に関する著作権法

少し自炊関係の著作権法について簡単におさらい。

まず著作権法の21条により著作権者(この場合は作家や漫画家及び原作者)はその著作権物を複製する権利【複製権】があります。

第二十一条 (複製権)
 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

そして正規に購入した購入者は第30条の条文により私的使用を目的とするのであれば例外を除き複製することができます。

第三十条 (私的使用のための複製)
 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

一  公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合

以下略

つまり自分で購入した本を裁断してスキャンする(自炊)は法的に問題ありません。

ただし、購入者に複製権がある訳ではなく、あくまで複製権を持っているのは元々の著作権者であって、購入者がコピーやスキャンをしていいのは特別に許されているというニュアンスになります。

この2011年の提訴で作家側は、自炊業者が大規模にお客を集めてスキャン代行を行う場合は「指摘複製に該当しないことは明らか」という主張していました。

当然ながらこれには反対意見もあります。

自分が購入した本を自分が読むために電子化する行為は「私的使用を目的とする」ものであり、その間の作業をお金を払って他人に代行してもらって何が悪いのか?という意見です。

自身が持っている機械でスキャンする事と他人が所持している機械でスキャンする事に、著作権的に何の違いがあるのかという話。

例えばじゃあスキャナーを持っている業者に機械を持って家に来てもらい、自分の部屋で裁断→スキャンまでしてもらったらダメなのか?とか。
その際他人に任すのがダメならスキャナーの電源は自分で入れるという事にすればどうなのかなど。

冗談のように聞こえるかもしれませんが、「スキャン 派遣 代行」とかで検索するとちゃんとそういう仕事もあります。

著作権法はこういったように明確に規定されていない事が多く、また時代の流れとともに実情にそぐわなくなるものもあったりします。

例えば、自分で買ってきた本を自分の所持しているコピー機等でコピーする事はOKです。しかしコンビニのコピー機で複製すると、実は著作権法上は違法となります。

それは上述した↑著作権法の30条の1にある「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いて複製する場合」に該当する為。私的使用を目的とする場合であってもコンビニで本をコピーする事は許されていないのです。

ただしさすがにそれがそのまま運用されているわけではなく、著作権法の付則によって一応今のところ経過措置として許されている状態。

第五条の二 (自動複製機器についての経過措置)
 著作権法第三十条第一項第一号及び第百十九条第二項第二号の規定の適用については、当分の間、これらの規定に規定する自動複製機器には、専ら文書又は図画の複製に供するものを含まないものとする。

この条文の中に【当分の間】とあるように、いつかはこの附則はなくなるものと想定されています。しかしこの附則が追加されたのが昭和59年であり、今のところ約30年間ほど当分の間が続いている状態でありますが。

ただこの附則による文書又は図画の複製に供するものであれば公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器で複製してもいいという暫定措置が、自炊代行業者の種類を増やす原因ともなっています。

つまり、他人に自炊を代行してもらうのがダメなのであれば、裁断機とスキャナと自炊用のスペースを貸し出し、料金をもらう「自炊レンタルスペース」のサービスなどを生み出しているのです。

ちなみにこの裁断機材一式と一緒に裁断済みの本も貸し出している業者もあったようですが、その行為自体は貸本業であり法律上の規制はできないと考えられます。
ただし著作権者との契約で裁断本の貸し出しを禁止する事はできますので、実際行っている所はほとんどないと思います。

このように単に条文を解釈しているだけでは、どこまでがOKでどこまでいくとダメなのかなかなかわかりにくい部分がたくさんあります。自炊代行業についても違法なのか合法なのか、弁護士さんに聞いても人によって意見が違います。

議論を楽しむタイプの方にとっては面白いかもしれませんが、さしてそういった事には興味のない自分にとってはどこかで結論なり定義が完成して欲しいところであります。

その為、こういった裁判においてなにがしかの判例が出るのは楽しみでした。

訴訟の結果はどうなったのか

結局この件はどうなったでしょうか。
この時に被告となっていた2社は2012年の2月に請求を認諾するとともに会社を解散しています。

「請求の認諾」は和解であり、判決が言い渡されたという事ではありませんので結局この「自炊の代行」についての問題はグレーのままです。

そもそも自炊代行の会社はほとんど個人事業に毛が生えた程度の規模のところが多く、お金も人材もそろっている作家側との裁判に絶えきれるような体力は持ち合わせていません。

今後も似たような事例の裁判が起こされれば、戦い抜くよりも早い段階で降参してしまう自炊代行業者の方が多いでしょう。ただしそれをもって自炊代行が違法と断定されるわけではありません。そこも重要な点だと思います。

そんな事を考えていると、2012/11にまた自炊代行業者に対する裁判がはじまりました。

今度は差し止めだけでなく損害賠償請求も加わっています。
こちらも成り行きに非常に注目。

なお、この提訴について集英社よりプレスリリースが配信されています。

書籍スキャン事業者への提訴のご報告

わりと突っ込みどころも多く、なかなか興味深いので目を通してみると面白いです。

どうも出版社側としてはDRMでガチガチに固めて電子書籍を流通させたいようで、その為に無断でスキャン代行を行う業者は撲滅したい方針のようです。

かつて音源の電子化に伴い強固なDRMを施して販売した結果、市場ごと沈没しかかっている音楽業界については全くの無視でしょうか。

著作権はもちろん守られなければいけません。
そもそも創作物を生み出す制作者に対し、きちっと利益が入ってくるシステムがなければやがて創作物は滅んでしまうからです。

しかしその反面、過度な著作権の保護は文化の流通を阻害します。
なかなか線引きの難しいところです。

ちなみに最近アメリカでは中古のデジタル音源の売買は違法という判決が出たそうです。
このあたりの法整備も徐々に進んで行くでしょう。